a small,good thing
<< 心のものさし | HOME | 魂 >>
アイーダ
2014.06.09 Monday - comments(0)
なにかと言えばヴェルディの「アイーダ」を弾く。ピアノを始めて最初の頃の楽譜なので、子供用の超簡単な編曲だ。サッカー観戦ではこのアイーダを元にしたチャントがあって、私もゴール裏では「おーおー おおお おおおー おおおおーおおー おおおーおおー」と大声でやっている。なので、ピアノで「アイーダ」を弾くと妙に気合いが入るのだ。

この簡単すぎる楽譜が物足りなくなったので、先生に「もうちょっと原曲に近いのが弾きたい」とリクエストしたら、「じゃあ、ワールドカップに行く前にそこの部分だけは弾けるようになったら楽しいわね」と、中級者向けの楽譜を選んでくれた。「ヴェルディさんは何ヴェルディさん?」と聞くと、ど忘れしたことが許せなかったようで、しばらく悩み抜いた挙げ句、「ジュゼッペ!ジュゼッペ・ヴェルディさんですッ!」と高らかに言う先生がおかしかった。音楽について、どんな質問をしても必ず先生は答えてくれる。音楽について語る先生は、いつも少女のようにうれしそうで、心から音楽を愛しているのだなとわかる。

去年、マルセイユの駅構内にピアノがポンと置いてあって、通りすがりの男性がおもむろに弾き始めるのを足を止めて見ていたことがあった。その翌日は、楽譜持参の男性が練習していた。私も何か弾きたいなと思って、何度か行ったり来たりして、結局最後まで勇気が出なかった。あのとき、弾きたかったなと今でも思う。

そのことを先生に話すと「ヨーロッパではその辺に誰でも弾いていいピアノがあって、みんな自由に弾いてるし、誰も気に留めたりしないし、下手でもいいのよ!」と。そして、もしブラジルにそういうピアノがあったらアイーダでも小沢健二さんでもショパンでも、なんでもいいから今度こそ弾いていらっしゃい、と言ってくれた。ただ、ブラジルの公共の場にピアノがあったら、破壊されているか強奪されているような気がしないでもない。

そんなわけで、先生は私に超特急でアイーダの一番楽しいところを教えてくれた。残念ながら、まだ全然弾けない。そして先生はちょうと今頃、ウィーンを一人旅をしている。今もなおピアノを学んで、帰国したその日のうちにレッスンを開始する。この先生に出会えなかったら、私は一生ピアノを弾くことはなかったと断言できるし、ウィーンでウィーンフィルの音楽を聞きたいなんて思わなかったと思う。



震災直後、身内の安否がまだわからないときでさえ、先生はレッスンを休まなかった。寝れない、食べられない、そういう日が続いている中でピアノを弾く気力がないというより、ピアノのレッスンがあることすら忘れていた。

「ほんの1時間だけ、弾きにいらっしゃい」
「ピアノは魔法だから、こういうときだからこそ弾くものよ」
「練習してなくてもいいじゃない。上手に弾こうなんて思わなくていいのよ」

テレビでは原発が爆発している映像が流れて、心が完全に壊れてしまった。涙を拭いてヨロヨロと自転車を漕いでピアノに行き、ショパンを弾いたら、まったく音楽になっていなかった。それでも先生は「いつもより力が抜けていていいじゃない!ショパンを弾くにはそれくらい力を抜くといいのよ。これくらいがいいわ!」と褒めてくれた。先生の言う「ピアノは魔法なのよ」の意味がそのときちょっとわかった気がした。
a small, good thing
COMMENT
コメントする









/
[ - ]  RSS1.0 / Atom0.3
ENTRIES
TWITTER
CATEGORY
ARCHIVES