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東京
2014.06.06 Friday - comments(0)
上京してからずっと、私はどこで生きていったらいいんだろうと思い続けているうちに、いつしか福島で暮らした時間を、東京生活が追い抜いていた。今もまだ、どこで生きるべきかわからないままここにいる。たぶん、死ぬまでずっとそんなふうに思い続けるのだろう。だから、同級生がマンションを買ったと聞く度に「そこで生きると決めたんだね」と、その覚悟というか、勇気がすごいなと思った。

オランダに移住しようと思ったことがあって、本気でオランダで永住権を取るために一歩一歩階段を登って、そして一気に滑り落ちた。オランダで買い揃えたお布団やら電化製品は一体なんだったのだろう。移民専門の弁護士さんとの関係も解消して、帰国した。本気だったから帰国後のダメージは想像以上に大きくて、何年もかけて取り組んできたものがすべてなくなって、生きる目的さえも見失ってしまった。

そんなこともあって、行き場を失ってから、また東京に居座っている。ずっとこの東京にいていいのかと自分に問うと、YES!とは返ってこない。地球上に居場所がないような、心許ない感覚はずっと心の中から消えない。

上京したときから福島に帰るつもりはなかった。だから、福島の実家には「残すべきもの」は何も置いてこなかった。原発事故があって、家がまるごと放射能まみれになっても、個人的に惜しいものは何もなかった。卒業アルバムから臍の緒、兄弟4人分の母子手帳まですべてこの東京の小さな賃貸ルームにある。中学生の頃に描いた油絵や書道でもらった賞状、小中高の成績表はもちろん、新体操の大会で使ったゼッケンまですべてファイリングされて手元にある。家族の誰も管理できなかった古い写真も、震災前にごっそり東京に持って来て、アルバムに整理しておいた。汚染されなくてよかったと思う。

2013/9/26、原発事故から2年半後に初めて実家に帰った。もはや「実家に帰る」という言葉が皮肉にさえ聞こえる有り様だった。このときの強烈な印象は、また今度書こうと思う。とにかく、言葉にするのは難しいけど、防護服を着て国の許可を得て、線量計を下げての帰宅だ。雑草をかき分けて入った懐かしい家は、ネズミか何かの糞で真っ黒だった。リビングの天井からは水が滴り落ちていて、とても人が住める家とは言いがたかった。何よりも、家の前の側溝で線量計の数値がMAXまで振り切ったということは、人が住む以前の問題だ。諦めがついたし、二度とここへは来たくないと思った。悲しみと怒りと悔しさと、あえて汚い言葉を使うなら、非常に胸くそ悪い思いだった。


福島と東京での生活について、日々よく考えた。鈴木家の土地がもうダメになってしまって、さらによく考えた。

どこで生きるべきか、どこで死ぬべきか。
どこで生きたいのか、どこで死にたいのか。

「あなたはなぜそこにいるの?」と自分に問いかけても永遠に答えなど見つかりそうにない。




震災後初めての帰省。帰省?一時帰宅?一時立入?
ちゃんちゃらおかしい。
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