パリに到着してすぐ、鹿島アントラーズの1stステージ優勝を知った。ホテルにチェックインすると、トランクから赤いユニフォームを取り出し、浮き足だって町に出た。
4年に一度のEUROは、ヨーロッパ最強国を決める大会で、今年はフランス国内10都市が会場になっている。だから大会期間中、サポーターはフランス国中を飛行機や電車を駆使して移動する。ブラジルワールドカップのときも、そんなふうにして出発から帰国まで17フライトを乗り継いだ。ブラジルに比べたら、フランスはだいぶ難易度が低い。ただ、テロに対する厳戒態勢の様子はニュースでも知っていたから、今回の旅はいつも以上に気を引き締めて出かけることになった。
私が取っていた試合のチケットは、パリ、マルセイユ、ボルドーの3都市、Round 16とQuater Finalということで、どの試合もチケットを買う時は対戦国が決まっていなかった。パリ・サンドニの試合は、グループリーグを勝ち上がってきたイタリアvsスペインに決まった。どちらも優勝候補で、これはもう決勝戦みたいなカードだ。偶然、取っていたチケットとはいえ、このカードが決まった時は思わず声が出てしまった。サンドニというパリ郊外の町で、8万人の歓声に包まれるスタジアムを想像した。
マルセイユは2013年の冬に一度訪れた。その時に見学したかったスタッド・ヴェロドロームは、このEURO開催に向けて工事中だった。3年後、EUROで必ずこの町にまた来よう、完成したスタジアムで観戦しようと決めていた。ここでのカードは、ポルトガルvsポーランド。人並みだけれど、Cロナウド、レヴァンドフスキの活躍を期待した。
ヌヴォー・スタッド・ドゥ・ボルドーは、このEUROのために新しく作られたとても美しいスタジアムだ。森をイメージしたという無数の柱と、フラットな屋根の直線が印象的だ。パリとマルセイユは行ったことがあるけれど、ボルドーは名前しか知らない。世界遺産のその町を、一度見てみたかった。そして、ボルドーでぜひボルドーワインを飲みたいと企んでいた。
このボルドーで試合を見た翌日に帰国する。最後のカードは、サンドニでの試合を勝ち上がったイタリアとドイツに決まった。私が見たかったドイツ代表!
パリに着いてすぐ、メトロでエッフェル塔へ向かった。FAN ZONEの会場が近くなるにつれて、サッカーファンが増えていく。だけど、私の赤いユニフォームには誰も目もくれない。23番植田選手のユニフォームを着ていたので、時々背後から「ウエダ!」と声がする度に、笑顔で振り返った。大スクリーンでウェールズvs北アイルランドを見ながら、シャンパンを飲んだ。鹿島アントラーズ、1stステージ優勝おめでとう。
夜、ホテルに戻ってから初めてパリを訪れた日のことを思い出していた。あれは2002年、14年前のことだ。休みもなく働いて働いて、仕事する手を止めたら死ぬんじゃないかという強迫観念さえ感じていた頃だ。体もボロボロだったし、心が病んでいた。早朝、シャルル・ド・ゴール空港に到着して、朝靄の中をロワシーバスでオペラ座まで。初めてのヨーロッパ、バスの中で震えていた。
この日、あのときと同じロワシーバスに乗った。14年が経って、私はもう震えたりしない。年を取ってサッカーが好きになって、サッカーの町で暮らしているとか、そんな未来が待っているなんて想像もしなかった。